私がサッカーと浦和レッズが好きな理由♪愛すべきものがあればそのまちを好きになれます!!

サッカー関係

おはようございます!
民宿美味し宿かどやのGakuです。

2日間韓国のお話が続きました。
昨日のお話で、
韓国に初めて行ったのは
サッカーがきっかけ、
浦和レッズがきっかけ、
というお話をさせていただきました。

万博競技場にて 2008年vsガンバ戦、万博競技場アウェーゴール裏。
試合終了直後の勝利で
満面の笑みをスカパーで映されていました^^;

兵庫県、山陰になぜレッズサポ??

私は大学を卒業して
23歳から30歳までの8年間、
サラリーマンとして埼玉県浦和市
(現在のさいたま市)に住んでいました。

1991年から1998年、
ちょうどJリーグがスタート、
Jリーグバブルの絶頂期を
浦和で迎えました。

最初、浦和レッズは「Jリーグのお荷物」
と呼ばれるほど弱かったです。
ただ、それによって旅先で

「どこからいらっしゃいましたか?」
と尋ねられた際

「埼玉県の浦和です」
と答えると

「あーあの、浦和レッズの」

と、どこへ行っても
多くの人に
認識してもらえるようになりました。

更に、浦和レッズは
熱狂的なサポーターでも有名ですね。
当時、歩いて20分ほどのところに
ホームスタジアムである
駒場陸上競技場がありました。

サッカーを知らないと話題についていけません。
友達ができません。(笑)

強い、弱いは関係なく、
そんな町だったと思います。
1995年、前年まで弱かったクラブが
急激に強くなった時のワクワク感、
今でもよーく覚えています。

常に強いのではなく、
弱い時を経て強い時を経験するから
たまらないんです。

私がいた8年間は決して強くありませんでした。
一度も優勝したこともなく。
それどころか、
そのあとまもなくJ2に落ちてしまいました。

でもね。
一喜一憂で涙を流す。
そんな愛するクラブが地域にあるって
とても幸せなことだと思うんです。

1998年のマイカー
1998年当時、大宮ナンバーのマイカー。
三菱シャリオグランディス。
この年新人として入団した
小野伸二のレプリカユニとTシャツ。
そして、フランスワールドカップ
日本代表岡野雅行の代表Tシャツ。

私は香住に帰ってきて、
地域のあるもの探しをして
それを発信するというこのスタイルは、
サッカーでまちを活性化させた
浦和のパワーを体感した、
というのがあるのかもしれません。

まちが元気になっていく
ワクワク感を
私は浦和というまちから
教えてもらいました。

大好きなモノ、コト、人がいれば、
そのまちを愛し、
たくさんの人に知ってもらいたい、
という気持ちができる。

そんな折、わが町周辺が
世界ジオパークに認定されたんです。

世界に認められた。
何が?

それを伝えていくことを
ライフワークにしたい。
そんな思いでブログを書いたり、
今のお仕事をしたり、
NPO活動をしていたりしています。

奇岩「かえる島」
カエルに似た、こんなユーモラスな岩があるってこと、
たくさんの人に知ってもらいたい!!

蛇足ですが、1990年代、
浦和で一緒に戦った野人岡野雅行が今、
山陰海岸ジオパークの中にある
Jリーグクラブガイナーレ鳥取の選手です。

2007年野人ユニ
2007年中国や韓国にACLで行った際
持参したレプリカユニフォームは
90年代後半の思い出が詰まる
野人岡野のレプリカでした。
彼と一緒にアジアNo.1になりたい
という思いがとても強くありました。

当時大好きだった選手と、この地で戦える。
こんな嬉しいことはありません。

香住からガイナーレ鳥取のホーム
「バードスタジアム」までは1時間強で行けます。
今年はあまり観戦にいけていませんが、
1時間ちょっとでJリーグを見に行ける幸せ。

良い時代になったと思っています。^^

日本海新聞にて
レッズサポ仲間で野人に会いに行ったりもしました♪

香住/佐津/柴山 民宿美味し宿かどや
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